SAKAINOMA

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REPORT

間の間の話 vol.03「ゲスト:辻野剛さん」その1

陶磁やガラス、木工、金属、染織。
堺の大仙公園に、日本中から“手仕事”が集まるクラフトフェア、「灯しびとの集い」。

2009年の初開催から始まり、
現在では3万人を超える来場者で賑わう、
日本を代表するクラフトフェアのひとつになっています。

その立ち上げから携わり、今も会長を務めているのが、
今回の『間の間』のゲスト、辻野剛さん。

自身もガラス作家として、
堺のとなり和泉市に工房を構え、6人のスタッフさんとともに
さまざまな表情をもったガラス作品を生み出されています。

工房というと、職人さんが黙々と仕事をしている風景が思い浮かぶかもしれません。
でも、辻野さんたちの工房はすこし違います。

いろいろな人に来てもらえるようにと、工房のとなりにカフェをつくったり、
学生たちを集めてワークショップを開いたり、
作品と向き合いながら、その先の暮らしや、若手の育成まで見つめる辻野さん。

そんな活動から、ひとりの作家としての枠を超えた
新しいつながりが生まれていて、
SAKAINOMAの “間”という考え方にも通じるものを感じたり―-

今回のレポートは、
『クラフトを街に根付かせる』というテーマで開かれた、
第3回「間の間」の様子をお届けします。

お楽しみください。

 

 

─── 工房に、足を運んでもらいたい

辻野さんは、作家としてガラスをつくるだけではなく、
工房の新しい在り方そのものを、自分たちで考え、つくってきた人だ。

辻野
「僕の工房は和泉の山のなかにありまして、
みかん畑に囲まれたところで、ものづくりをしています。

山のなかだからこそ、“人に来てもらいたい”という想いもあります。
いろんな人に遊びに来てもらって、
自分の目や手でクラフトを味わってもらいたい。

カフェを併設した理由は、
工房を覗きたいという人が足を運びやすいように、ということもありますが、
つくったガラスを、その場でプレゼンテーションするためでもあります。

たとえば、デザートをガラス皿にのせてお出しして、
『こんな風に使えるんだ』と気づきを感じてもらえるような場にしたかったんですね。」

カフェのほかにも、アトリエショップというかたちで、
求めやすい価格をつけた規格外の作品も販売。
週末には、多くの人たちが訪れる。

 

 

─── 危惧したのは、“めざすべき場所がない”ということ

そもそも、どうして辻野さんは
暮らしに寄り添うようなガラスづくりを志すようになったのだろう。

辻野
「僕がガラスをはじめたのは30年以上も前のこと。
当時、アメリカでは『スタジオグラスムーブメント』という運動が盛んでした。
小さな炉がついたアトリエを個人で構えて、
アバンギャルドで彫刻的な作品をつくるスタイルがブームだったんです。

自分も作家を志すひとりとして刺激を受けて、
専門学校を卒業してすぐにアメリカに行きました。
そこでしっかりと洗礼を受けて日本に帰ってきたのですが、
日本には、“表現”を受け入れてくれる土壌がなかったんですね。
発表する場も、評価してくれる人もいない。
そんな現実に、僕も一度はガラスを諦めて、別の仕事に2年ほどつきました。
それから縁があって、ガラスの世界に戻ってくることはできたのですが。」

そんななか、日本でも若い世代を中心に、
“表現”としてのものづくりが注目を集めるようになっていく。
2000年前後、美大や芸大はガラス科を次々と創設。
ガラスの専門学校もできるようになり、
辻野さんも、講師に呼ばれる機会がふえていった。

辻野
「若い世代の人たちとふれ合うなかで、
才能やエネルギーを感じることがたくさんありました。
でも、その人たちは卒業していったあと、行くところがない。
そのことが、ずっと気にかかっていました。
ガラスには『めざすべき場所』がなかったんです。
せっかく知識や技術を身につけても、
こんな風になりたい、こんな工房に勤めたいという目標が見つからない。
それではあまりにかわいそうだし、なんとかしないといけない。
そう考えるようになりました。」

 

 

─── 暮らしのなかで、ガラスを楽しんでもらう

観賞のための作品ではなく、暮らしのなかで使ってもらえるデザインを。
辻野さんの視点は、ものの周辺へと広がり、
“作り手”と“使い手”の新しい関係を生み出していく。

辻野
「日本には、作家のサインが入った器で食事をしたり、お酒を飲む文化があります。
だから、ガラスも暮らしのなかに入っていけるようなものをつくれば、
善し悪しを見てもらえるんじゃないだろうか、と考えたんです。

いきなり美術館やギャラリーに足を運ぶ方は少ないと思います。
だけど、自分が毎日使うグラスやボウルなら、手に取って愛でてもらえる。」

暮らしのなかで、ガラスを楽しんでもらうこと。
それがガラス作家の未来につながると感じた辻野さんは、
自身の工房に『fresco』という名前をつけてブランディング。
系統立ったものづくりに取り組むようになったという。

辻野
「手作りのガラスが家のなかに広がって、それを使った人たちが、
いつかガラスの“作品”というものに興味を持ってくれる時代が来る。
そんなことを、今も夢見ています。」

 

 

─── 使ってもらえるものを、つくる。学生たちとのワークショップ

人に使ってもらえるものをつくる、ということを考えたとき、
表現の手段としてものづくりの道に進んだ若い世代には、
「デザインのノウハウが足りない」と感じていた辻野さん。

辻野
「10年間、ガラスのワークショップを開催してきました。
講師に呼ぶのは、クラフトの作家さんではなく、
プロダクトデザイナーの方たち。

ガラスをつかった作品を、“プロダクト”としてデザインしてもらう。
さらには、参加した学生たちのデザインを、
評価してもらうことを重ねていました。」

学生のデザインは、実際にfrescoのスタッフによって
現実のかたちになっていく。

辻野
「ガラスの良いところは、すぐにかたちにできることなんです。
冷ますというプロセスを考えても、
翌日には作品を手に取ることができます。
自分のデザインを、手でふれて、目で確かめることで、
新しい視点が生まれてくれたらいいという想いがありました。」

辻野さんは、これまでめざすべき場所がなかったガラスの世界に、
“作品”と“暮らし”を結びつけるという道を示していった。
その活動は、灯しびとの集いにもつながっていく。

 

 

─── ものの始まりなんでも堺。「灯しびとの集い」の立ち上げ

辻野
「灯しびとの集いが、第1回目を迎えたのは2009年。
きっかけは、そのさらに1年半前のことでした。」

堺の陶芸家である、福岡彩子さんと
器屋「Oogi」の店主だった井出桂子さんが
「松本クラフトフェア」で出会ったときのことだ。

「地元の堺でも、こういう催しがあればいいね」。

この出会いがきっかけとなり、ガラスを通じて新しいつながりを生み出してきた
辻野さんたちに、声がかかった。

辻野
「ものの始まりなんでも堺、というように、
いろんな面白いものが集まる場所として、歴史のある堺はふさわしいと思いました。」

江戸時代初期、貿易都市として栄えた堺。
三味線や傘、自転車など、堺から発信された“もの”は数知れず。

辻野
「それに、僕がアメリカでガラスの修行をしていたころ、
審査を要するような格式の高いクラフトフェアから、
誰でも気軽に参加できるものまで見てきた経験があって、
それぞれに面白いと思えるところがたくさんあったんです。
だから、福岡さんたちから声をかけてもらったとき、
自分たちで面白いものがつくれるチャンスだと思って、
二つ返事でぜひと答えました。」

とはいえ、何もかもが手探り。
決めごとも多く、ミーティングは夜中の1時や2時にまで続くこともあったそう。

辻野
「たとえば作家は犬や猫を連れてきてもいいのか、みたいな
本当に細かいところまで、とにかく話し合いながら決めていく。
そうするうちに、少しずつかたちが見えてきたんです。」

 

 

─── 地道に募集要項やDMを送って、人を集める

今や「灯しびとの集い」は、
日本を代表するクラフトフェアのひとつへと成長しているが、
当時はここまで大きくなるとは思っていなかったそう。

辻野
「はじめは、南宋寺の境内でやろうという話になっていました。
ところが、実行に向けて役所の方々とお話をしていたときに、
『最終的にどうしたいの?』と聞かれたんです。
『実は、大仙公園の芝生の上でやりたいと思っています』と答えると
芝生は無理だけど、やりたいならなんとかしてあげると
当時の担当の方が掛け合ってくれ、大仙公園の催し広場でできることになりました。」

こうしたサポートもあって、
予想以上に大きな催しになっていく「灯しびとの集い」。
しかし、特に大々的に告知をすることはなかったという。

辻野
「ボランティアでやっているので、お金はほとんどないんですよ。

全国のギャラリーやショップに応募要項を送って、良い作品を集める。
シンプルですが、それが一番だと思います。
ただ、初期の第1〜3回目は『招待作家』という枠を設けました。
実行委員会が、この人に来てほしい、という作家さんにお願いにあがる。
そんな作家さんたちが出展を告知してくれたおかげで、
クラフトに興味のある人たちのなかで、
つながりが生まれていったのではないでしょうか。」

クラフト好きという共通項を持った人たちのつながりのなかで
徐々に広がっていった「灯しびとの集い」。
その来場者数は、第1回目から8,000人を超え、現在では3万人を超えている。

 

 

─── 暮らしのなかに、小さなあかりを灯す

それから現在まで、毎年欠かさず開催されている「灯しびとの集い」。
その名前には、こんな想いが込められているという。

辻野
「暮らしのなかに、小さなあかりを灯す。
生活に寄り添う、暮らしの道具という意味が込められています。
自分の目で見たり、手でさわったりして選んだ道具が、
暮らしに根付いてくれたらいいなと思っています。」

そんな想いではじまった『灯しびとの集い』は、今年で9回目。
10年近く運営に携わってきた辻野さんは、どんな道を歩んできたのだろう。

次回のレポートでは、「灯しびとの集い」を通して、
辻野さんが見てきたもの、考えてきたことをご紹介したいと思います。

お楽しみに。


Author
株式会社 parks

2013年6月に大阪で生まれたコピーライター事務所。公園は、いろいろな人が自由に行き交う広場です。企画・取材・コピーライティングを柱に、いろんなブランドの想い、いろんな事業の可能性、いろんな人の人生。何かを始めようとしている人の熱い想いを受けとって、一緒に言葉をつくっていきたいです。

Webサイト、公開準備中

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