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CULTURE

渕上哲也のサカイノワ vol.3 「御渡り 其ノ壱」

「御渡り」って聞いたことがありますか? お神輿を担いで、大和川をじゃぶじゃぶと渡る勇壮な姿を実際に、あるいは写真や動画で見た人もいるかもしれませんね。なんだか最近急にはじまった行事のような気がするかもしれませんが、いえいえ実はとんでもない歴史のあるお祭りなんですよ。

堺の豆知識をご紹介するこのコーナー。今回から三回に渡って「御渡り」についてお届けしますね。

 

「御渡り」というのは、「住吉祭り」の一部で、毎年8月1日に住吉大社の神様を堺区の宿院頓宮にお迎えする大切な行事です。宿院頓宮に渡るから御渡りなのであって、大和川を渡るから御渡りではないんです。住吉大社から南に向かうので「南祭(なんさい)」と呼ばれたり、堺の人は「お里帰り」なんて呼んでいたようです。堺が住吉さんの実家なんだっていうつもりだったんですね。

堺の人は前日の7月31日を待って夏の服を新調して、お小遣いを手にうきうきと大浜の大魚夜市に出かけたり、無礼講で楽しく過ごしたそうです。そして1日になると一転、2階の窓も締め切って静かにして、御渡りでやってくる神様の行列を迎えました。そしてその時に手にしたのが、前回取り上げた「町紋提灯」だったというわけです。

町紋提灯は、それぞれのまちに個性がある堺のまちの誇り。きっと神様に、「私たちはここにいますよ」とお知らせするような気持で掲げたんでしょうね。

御渡りは、まちをあげてのお祭りだったので、堺では大きな企業や銀行でも、7月30日から31日、8月1日までお仕事はお休みになるところもあったとか。そうきくと、がぜん「御渡り」盛り上げようよ! って気持ちになってきたでしょ(笑)。

 

 

ところが時代は変化します。祭りに参加する人が減って、お神輿の担ぎ手が不足しはじめると様子がおかしくなってきました。昭和36年には、ついに仕方なしにお神輿をトラックで運ぶようになったのです。まだ日本の人口が増えていたころですから、それは人々の働き方が忙しくなったことなんかが原因でしょうね。御渡りの日には宿院頓宮から堺東まであふれていたという屋台も、年々少なくなっていきました。

 

お神輿が人の手によって運ばれる御渡りが復活したのは、平成18年のことです。地域を盛り上げたいという、まちの人たちの想いが実り、年ごとに盛大になって注目も集めつつあります。働くことばっかり考えていた時代から、ちょっと地元のことをみんな考え出したんですね。

では、次回は「御渡り」その2で、時間をもう少し巻き戻してみますね。お楽しみに。


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